癖(支離滅裂あり)

私と同じ種類の病気(私自身は、本当は総称として、精神病と書きたいのですが、嫌う人もいるのでいつも迷う。)の方々のブログなり、HPなりを見ると必ず観てしまうのが、

メジャー(トランキライザー)かマイナーかでまず見てしまう。無論、お酒に例えるなら度数が高ければ、よく酔えると言うものでもない事は分かるのですが。また新薬情報を書かれてる方を見ると調べる事もあります。(海外からダイレクトで個人輸入される方など・・現在では私の知識としてのみ調べる事が殆どです。)

また、治療期間の長さ・・私ならびに私の母は、既に20年強の経歴を持っている為、
薬の変遷、医療の少ないながらの進歩を見てきました。約10年前までは本当に薬は酷かったことが私の体に心に焼き付いています。現状でも副作用は改善された部分もありますが、利く薬は、母にはないと言う思いが今でもあります。最大級の処方でも薬物療法は、NGなのです。(効果が認められるに至らない。)医者も薬物は現状では、場つなぎと言う認識。(母は、20年にして入院回数、8回。入院時期は、おそらく全体の1/4になります。しかも、年齢とともに長くなる傾向も。)

注意)母の場合、クライアントとして、まれなケースです。私の地域でさえ、年間に数人です。


元に戻りますが、他の方のブログ等を読んでいて、
マイナーの薬の処方で、日常生活に多少無理があっても、書かれている内容に不自然な悲観がないかとか、日付の前後で、文章に勢いやこだわりがないかとか・・・。
線引きをしているつもりはないですが、薬の重さで私は、同じ種類の仲間ではないなと疎外なり、それなりに大変だと思うけど、その方は生きていくという意味で何とかなると思ってしまいます。

具体的にかくと、え~その薬で楽になったって言えるの・・私とはまったく違う人種?病気だよって。でも同じ病名かよ・・・。

尚、私がコメント差し上げている方には上記のような疎外感はありませんことを付け加えておきます。また、いつもの通り、特に批判を期待しております。

この記事へのコメント

2006年05月26日 19:21
批判じゃなくてもよいですか?

私も薬に関して、同じような思いを時々、他人さまのHPなど拝見して、
「自分とはちがう。でもなぜ同じ病気?うそだろ」などと憤りを感じてしまうわけです。
生きてく?
2006年05月26日 22:47
バイポーラさんらしくないブログですね。あなたの様な優しい心を持った方を批判する気はもちろんないです。同じ薬や病気の方に共感や親しみをを覚えるのは人間として当然の事。ただそこに優劣の様なものをつけてしまうなんて・・・。文面から孤独感を強く感じバイポーラさんの心の痛みが伝わり私も心が痛くなりました(私はあなたの言葉に救われましたから)。どんな薬を飲んでいようが、病気が軽かろうが重かろうが・・・そんなのは個々に違うものだし個人にしかわからないのでは?みんなそれぞれ痛みを感じている。ただそれだけではないでしょうか?生意気は許して下さい。このコメントに対し批判して下さっても結構です。ただ私はバイポーラさんが辛いと私も辛くなる。幸せを感じる時間を少しでも多く持ってもらいたい。それだけです。
2006年05月26日 23:00
松さんへ
コメントありがとうございます。
恐らく、医師の判断、初診時の状況、(環境)が大きく関与しているではと思います。私と同じように感じられている方がいて、少し安心します。
2006年05月26日 23:39
生きてく?さんへ
確かに 生きてく?さんのおっしゃる通りなのですが、鬱病=治る病気としてコメントされていて方がいたりします。しかしながら、同じ精神病でもいわゆる 型 が沢山あり、治る事が難しいとされる私のタイプのからするとどうしても軽々しく、書いて欲しくないと思う事が多々あったりします。

また、線引きしているつもりはないと書きましたが、私は、事実上、国から、線引きを受けています。ただその線引きも私からすれば不公平に感じることもあります。(国の保険制度や審査基準に問題があるとは思うのですが。)

母の事もあります。私の母は、薬の調整では、不可能な状態の投与、点滴を受けていました。意識不明の状態が3ヶ月以上に渡り続きました。全身硬直もありました。結局、家族に迫られた判断は、ECTと言う治療でした。

あくまでも、治療を受けて、長期に渡っている人に対して、と書くべきだったかもしれません。

生きてく?さんには、不快な思いをさせて申し訳けありません。
生きてく?
2006年05月27日 00:35
私の知識不足で申し訳ありません。国からの線引き・・・。確かに私なんかが軽々しく発言出来る事ではありません。スルーパスさんのお母様の事、育ってきた環境。コメントを入れて頂いた優しさに感謝致します。
2006年05月27日 02:37
生きてく?さんへ
生きてく?さんは、謝らなくて良いんですよ。

私は、同じ病気であっても、情報が統一、あるいは整理されていない事に刹那的なものを感じると言いたいのだと思います。
生きてく?
2006年05月27日 18:39
またまた優しいお言葉ありがとうございます。こうやって自分の知らなかった情報を得て少し視野が広がった事感謝致します。
じぇな
2006年05月28日 16:40
(~・へ・~)ちょっと内容とそぐわないかもしれないけど…。批判?かなぁ?それもわからないんだけど、不愉快にさせたらごめんなさい。

私は、昔、うつ病のチャットに参加していて、すごく悲しかったのが、薬の種類とか量で、病気レベル(?)みたいなものをつけていたことですね。薬が多くて、危険なものを飲んでいる人ほど、「すごい」みたいな。
精神病の人によく見受けられる行為なのですが、私もそういう傾向にありました。しかし、私の場合、“姉”(米でカウンセリングの修士号取得)が、そういう“自慢”(?ちょっと違う)というか、「だから、私はこんなに苦しいんだ!私ほど苦しい人はいない!」みたいな“悲劇のヒロイン”的発想(一種の甘えですよね)を許してくれなかったので、途中で考え方を変えました。「病気を治す」ために薬を減らすように努力するようにしました。
しかし、私はオーバードーズしたり、リストカットしたりしてしまう時、人がどれほど孤独で苦しいかを、私なりに知っています。だから、精神病の人が、そういうことをアピールして、苦しみを訴えるということが、ただの“甘え”とは思いません。
2006年05月28日 16:54
姉は、「死ぬ死ぬって言って、結局死なないんじゃん!」って言います。姉は、昔、精神科に入院していました。そして病気のために高校を辞めました。実はそのことが、私を苦しめていることの一つなのですが…。
私は、「休んだら負け」と言われて、通い続けたのに…。
姉は、その後退院して、伯母に引き取られ、18の時に、新聞奨学生になって家を出ました。理由は「お父さんの世話で、自分の青春を台無しにしたくない」とか、まぁ、そんなところです。
姉は、病気に悩んでいる時に「死ぬって言って死なないのは恥ずかしいから、どんなことがあっても生きることにしよう。二度と死ぬなんて言わない」と決心したそうです。
私は、そういう発想は、“病気”を信じてもらえたから、ある時期甘やかしてもらえてから、生まれたんじゃないかなぁ?とか思っちゃいますが、姉が頑張った結果ともいえます。
2006年05月28日 16:54
私は、今、父や伯母が病気と認めてくれているみたいだけど…もう、そういうことから立ち直れるレベル(?)ではないようです。
チャットにはもう、行っていません。こういってはなんですが、「治ったらいいね」じゃなくて、「治そう」と思ったら、行かない方がいいと思ったからです。健康的な思想の場じゃないです。まずそこから抜け出さないと…と思いました。
(~・へ・~)…デイケアに行っても、なにか違う感じがするのは私の“見栄”なのでしょうか?「自分は違う」「自分は特別」と思いたいのかしら?他のみんなも感じていることでしょうけど。
強くならないといけないのでしょうね。それは、一般社会の基準に照らして、「強くなる」ことです。生きていく場所はそこですから。
あぁ、なんだかはちゃめちゃに…ごめんなさい。
2006年05月28日 18:41
じぇなさんへ 
コメントありがとうです。不愉快にも感じませんよ。
>薬の種類とか量で、病気レベル(?)みたいなものをつけていたことですね。薬が多くて、危険なものを飲んでいる人ほど、「すごい」みたいな。

の部分ですが、そのようなブログやHPを書かれている方の、苦しさの表現方法として捕らえています。特にチャットの場合、薬は、心の苦しみの指標として、使われてしまうのかも知れません。本来、そこから新しい病気への改善に向けた動きが望ましいのだと思うのですが・・・。

じぇなさんの場合、お姉さんの事もさらに加わり、複雑な状況で、ご自身の病気と向きあわれていると私は思っています。

“悲劇のヒロイン”的発想ですが、自分もかなり病気になってから、自己葛藤の中にありました。ただ、これは、精神病にあって、当然ありうる状況(わたしは、病状の一部だと思っています。)で、許す、許さないの問題ではないと思います。少なくてもこの事で、じぇなさんは、苦しんでいらっしゃる。

>精神病の人が、そういうことをアピールして、苦しみを訴えるということが、ただの“甘え”とは思いません。
は、同感ですよ。
2006年05月28日 18:56
私が言いたかった事なのですが、
例)私が受けた治療より軽い治療で完治した方がいたとします。
(期間1ヶ月)
そこで、[うつは治る]と表記されている方がいたりします。

まだ、それなら仕方がないのですが、医療側が、鬱病は、治療で治る病気として書かれている事も多いのです。

また、恐らく医師のレベルで、非常に病気への指導が正しくないと思える表記をされている患者さんもいらっしゃる方もいます。あくまでも私の主観ですが・・。

私には、納得しがたいのです。
2006年05月28日 19:16
じぇなさんへ
>デイケアに行っても、なにか違う感じがするのは私の“見栄”なのでしょうか?

これは、私の知っている方にも結構いました。デイケアで行われている内容が分からないので推測になってしまいますが、じぇなさんの場合、病気に対しての情報を多く持っているのだと思います。“見栄”ではないですよ。デイケアに行く事自体努力されたと思うし。

じぇなさんは、診察の際に、ゆっくりと言われていましたよね。私もそう思います。強さや自分を殺す事(自我を必要以上に抑える)ではなく、ゆっくりとか・・キラクとかになって欲しいです。
2006年05月28日 19:39
じぇなさんへ
>あぁ、なんだかはちゃめちゃに

お気にしないでください。私もはちゃめちゃですし。
でも、意に介さない部分などあれば、なんでも書いてください。
2006年05月29日 15:27
“デイケア”のことなんですが…私が参加したのは、「話し合い」と「散歩」と「おしゃべり」です。「散歩」がつい最近だったのですが…自分では、特に“疲れた活動”とは思わなかったのですが…その後4日寝込んでしまいました…。父に言わせると、デイケアの後は機嫌が悪くなるそうです。
私が、違和感を感じるのは、“薬の話”や“具合が悪い”ことをアピールする人がいて、どうやら私はそれが気に入らないようです。
そういうことは、一般社会では、「みんなそれぞれ具合が悪いのを我慢している」という暗黙の了解で“タブー”なようなのです。(姉に洗脳されているからなんとも言えないのですが…( ̄∇ ̄|||) )
チャットルームでもそうでしたが、そういう発言を“私”がすることは許されないような気がして…心の奥で苦しいと感じているのかもしれません。デイケアでそういう発言を聞くと、すごく“戸惑い”ます。
普通の話し方なら特に気にならないし、一対一なら、「それは苦しいですねぇ~」って同意できるんですが…。
2006年05月29日 15:28
でも、具合が悪そうな人、我慢して参加しているっぽい人の事は気になります。声をかけた方がいいのかな?って。でも、結局出来なくて…。(そういうことは、同行の心理カウンセラーに任せればいいんですが…)
「普通の世界」と「病気の世界」の間で決心が出来ずにいるようです。
しかし、私の姉や伯母がいう「普通の世界」は、あまりに容赦がなくて…。そうでない世界があるようなのですが、まだ見つけられずにいます。
2006年05月29日 15:38
一口に「鬱病」といっても、実は「鬱」は、他の病気の症状の一つだったりします。私の場合はそうです。「治る」方というのは、概ねそういった別の病気の併発として、「鬱病になる」のではなくて、純粋に「鬱病」だけなのかなぁ?って感じがします。あるいは、「鬱病」と当初は診断されたけど、実は別の障害が悪化した結果だった…とか。
だから、精神病はよく病名が変わりますよね。

病気への医者の指導方法は、その医者の技量ともいえるでしょうね。
私は、私の病気が治るか自信がないのですが、先生を信頼しています。
そして、先生は、確固たる信念とおそらくご自身の実績から来るデータから、私を「治る」と励ましてくれます。(時に困惑しますが)
見捨てずに励まし続けてくれること…それがなによりありがたいです。
一人でも多くの精神病患者が正しいデータと検証からくる治療方法にめぐり合えたら、本当に“治る病気”になるのだと信じたいです。

2006年05月29日 16:13
>“具合が悪い”ことをアピールする人

嫌悪されている部分は、じぇなさんが、酷く苦しまれている、我慢されている部分だから、だと思いますよ。

その状況で、その方に対して、我慢しろと言う事も出来ないだろうし・・
ストレスになりそうですね。

本来なら、全体のバランスを観て、心理カウンセラーの方が察していないのかなとも思います。(無理そうかな?)

心理カウンセラーの方にお話されていなければ、お話した方が良いですよ。
2006年05月29日 16:28
じぇなさんへ
>具合が悪そうな人、我慢して参加しているっぽい人

に対しては、普通のコミュニケーションでも初めての方と話をする(はじめの一歩)は、ちょっと勇気がいりますよね。私としては、ご自身の体調を観て話しかけるのも良い事に繋がると思いますよ。

但し、私の経験から、中には、おしゃべりする事が非常に苦手とする方もいらっしゃると思います。だから、思うような反応がない事もあるかもしれませんが・・そのような事があっても“ゆっくり”対応されてはと思います。(かなりこちらの想像で書いていてすみません。)
2006年05月29日 17:16
じぇなさんへ
>実は「鬱」は、他の病気の症状の一つだったりします。
その通りだと思います。DSMⅣなどの判断基準がある事ご存知だと思うのですが、お医者と言うのは、患者さんにちゃんとあなたの病気は、こう言う判断の基で、こう言う適正な治療をしていると説明を受けている方が少ない感じがしています。

>私を「治る」と励ましてくれます。
じぇなさんの書かれている内容での「治る」と言う表現は、私の受けている治療と同じと思えるのですが・・結構、一般の方は鬱病を知りません。その方の影響を受けて、患者さんの中で、HP等に頑張れば治る的な事を書かれていると非常に困ったりします。簡単にタブーとされる表現を使ったりします。
2006年05月29日 17:23
治ると言う表現に私が敏感なのは、自分の親の事が事実としてあったりします。発病して、薬も改善され、少なからず病気の認識も広がりながらであっても・・・状態は年々悪化の一途・・・。同じ病名(広い表現)で、“現状維持を心がけましょう”も出来ていえるとは思えないし、医療側は責任を感じて謝罪もしてはくれるのですが・・・。(発病時は、散々治ると言われていたのですが・・???) ごちゃごゃで、ごめんです。
2006年05月29日 23:02
私が感じるところの「治る」というのは(お医者さんが言わんとしているところの)、「自分が楽に存在できて、行動に際して苦しみを伴わずに(ストレスを発生させずに)ある程度行動できる」ということのようです。
先生は、「今までとは別の場所に着地する」とか表現なさっていました。
“現状維持”というのは、「根治療法」(カウンセリングなど)に対しての、クリニックなどの治療における最も重要な課題でしょうね。
「根治療法」と違って、クリニックなどのおける治療は、「社会生活がある程度できる、あるいは社会生活に支障をきたさない程度にする」ことだそうです。
2006年05月29日 23:02
先生は、常に“現状維持”とおっしゃいます。今がよい状態なら、その状態が出来るだけ長く続くようにする…。そうして、よい状態が維持できれば、少しずつ薬を減らしていってみる…。それで最終的に薬がなくなるかもしれない…ということのようです。
お母様の具合がなかなか改善されないのはお辛いところでしょうが…人生は本当にどう転ぶかわからないものです。この2年間に私が経験したことは、病状をひどく悪化させるだろうと思うものでしたが(故あって薬の量を増やさざる得なかったのです。)、逆によい方向へと行ってくれました。(少し強くなったようです。)何が転機になるか本当にわからないものです。
スルーパス
2006年05月29日 23:47
じぇなさんへ
お気遣いのあるコメントに感謝します。

これ以上書くと、なんか息苦しいものになりそうなので・・・休憩にしますね。

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