依存についての考察

よく精神疾患患者の間で、盛んに依存と言う言葉に敏感に反応して、特に信頼すべき医者に相談することもなく薬をそのような対象として、患者サイドでも書かれてる方がいる。

これがブログにおいて、不確かな思い込みで広がる傾向を、私は危惧します。依存しちゃいけないから・・薬をやめたなんて言うのは、私から言わせれば

患者の立場を度返しした危険な行為にもなりえるのに・・・。(早く、おさらばしたいという気持ちは分かるのですが。)

依存と言う言葉の負の部分がクローズアップされ、即決で危険と判断して、それをちゃんと理解していないと思われる方が目に付く。(説明しない医者も悪いと思うが)数日前から不勉強なノルマに追われたものが書いたと思われるリタリン報道の一部に酷いものがあった。、それに拍車が掛かってい部分もあるとは思うが。(まともな精神科ならリタリンは、現在は使っていないはず・・・理由は、患者のリスクが高くなるから、医者側は使いたくないはず。でも、下駄を履かせた大げさ報道で、適切に飲んでいた人間を苦しめたのではと私は思った。)薬物乱用といってもどの程度、不正に使われたかを追求もせずに酷いものだ。

医療に置いて、薬の依存とは・・・その薬を飲み続ける事によって、将来に己に不利益になるのもを指すもので、医師に悪意がないならば、出された分を使うことに心がければ、そんな事に頭を悩ますことはない。それよりも途中で薬を中断する事のほうが怖い。まともな医師ならば軽快しても、数ヶ月から数年は、治るタイプの精神疾患でも投与を行なうはずである。

どうも依存を気にしている人が多いけど、私から言わせれば医者に任せておけば良い人が多い。(信頼出来ないなら、その医者とおさらばが先だと私は思う。)それどころか・・正直、何も知らない発病仕立ての心で、苦しんでいる人に新たに根拠のない不安をあおる危険性もあると思う。

依存・・・どうもこの言葉、さげすむ意味で、ひとり歩きしていると思う。(ふける行為で、精神的にこちらの方がよっぽど、宜しくない。)ごはんを食べる事を依存と言うか?がん患者の方に麻薬を使うことを依存と言うか?人とのコミュニケーションを依存と言うか?・・・・すべて生命維持のための前向きの正常な行為なんじゃないだろうか。

この記事へのコメント

じぇな
2007年09月24日 13:27
「依存」という言葉で、すごく違和感があるんです。
だって、例えば遺伝性の糖尿病の人は、薬を飲み続けなければ生活できないでしょう?移植手術を受けた方は、「拒絶反応を抑える薬」をその後一生飲み続けなければいけないと、聞いたことがあります。
だれでも、なにかしら、薬を飲んでいるはずです。
精神疾患だって、本来あるべき脳内物質なりホルモンなりが足りないから、それを「補填」する為に飲んでいるわけですよねぇ?なんで、それが「依存」なのか、わかりません。そこに、精神疾患に対する「色眼鏡」的な差別の目で見ていない?っていう感じの思いを感じます。
2007年09月24日 17:56
じぇなさんへ☆彡
私の病気も一生薬が必要なんですよ。止める類の薬ではないんです。
マスコミって、どうしても商業主義で、見出しに悪意のあるインパクトを使う傾向があるので、迷惑ですね。また、その見出しを見た人が、色眼鏡を掛けさせらたりするケースもあったり・・・。結構、このような報道で動揺する精神疾患患者の方や家族の方、多くなるのも懸念されます。

下世話で、偏見が助長される言葉じゃなく、適切な言葉を使ってもらいたいですね。

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